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先日、1日に2回も講演会を聞いた。



ひとつはPTA主催の講演会で、
息子のクラス役員だったので出席し、

夜の講演会は会社の研修だった。



ひとつは子育ての話、
もうひとつは老人福祉の介護についての話だった。




さて、
子育ての話をしたのは、
教師として陸上部で成果を出している、
父親でもある男性だった。


彼は、
陸上部ではがんばっている子どもたちをほめて、
認めて、

大きな大会に進ませている。


しかし自分の子どもには、
なかなかうまく認めてあげられていないという”失敗例”を、
たくさんあげてくれた。


たとえば、
子どもの声が出なくなったりとか、
不登校になったりとか。




その中で心に残ったのは、
子どものいいところよりも、
悪いところのほうが目に付きやすいという話。


たとえば仕事から帰宅してまず目に付くのは、
カードゲームのカードが散らばっている部屋。

第一声は、
「早く片付けなさい」
となってしまうという。


でも、
子どものいいところは、
探さないと見つからない。

友達と楽しく遊べたとか、
眠くても宿題は終わらせてから寝るとか。





子どもでも自分でも、
がんばったことよりも、
悪いことが目に付くのが習慣になっている私。



朝食は、
ご飯とみそ汁、あさりバターや納豆を用意できる日もあれば、

コーンフレークだけで、
牛乳をかけて終わりという日もある。


そんなコーンフレークの朝は、
用意はカンタンだけれど、

子どもたちに、
ちゃんとした朝ごはんらしい和食を用意してあげられなかったと、
落ち込んでしまう。



落ち込むと、
いつもいつも、
のろのろ食べている娘をどなって叱ってしまい、

「行ってらっしゃい」と言っても、
フンとした顔で娘が小学校に出かけてしまう。



あ~あ、
怒られていやな気分のまま、
娘を学校にいかせた区はないと思ってるのに、

どうしてうまくいかないんだろう・・・。


と、
また自分を責めてしまう。




だけど職場に車で向かいながら、
考えた。

手抜きばかりの母親だけど、
飢え死にはさせていないじゃないか(苦笑)。



できていないことばかりが多いけれど、
できたことをひとつひとつ、
数えてみるしかないのではないか?





子どものうまくできたこと、
がんばったところは

なかなか見えない。



探さないと、
見つからないものなのだ。





夜の講演会では、
職員による老人福祉施設での虐待の話が出た。


夜勤は私はしていないが、
ヘルパーは安月給の割りに仕事は大変だ。

でも、
仕事で疲れているから、
ストレスがたまっているからと言って、

他人を傷つけていいのか?

と、講師は話した。



また老人が老いをこわがるのは、
死がこわいからじゃない、

孤独がこわいのだ、

だから孤独を感じさせない介護が大切だという話もあった。






シングルマザーでフルタイムで働いて、
疲れているからといって、
子どもに怒鳴り散らしていいのか。

いいわけない。


でも、
子どもに怒ることでストレス発散している自分。




母親に認められず、
ほめられなかったから、

私はわが子とも向き合えないし、
しっかり目を見て話もできない。


だけど、
そんな過去を言い訳にしてきたけれど、

子どもよりも自分を認めて、
という気持ちの方が強かったけれど、

子どもを認めてほめていったら、
いつか自分自身をも認めてほめる癖がつくかもしれない、

と思えた。





息子と娘がどんなにがんばっているかを探して、
言葉にして、
声に出してみよう。

それがもしかしたら、
ずっと母親にほめられたくてたまらなかった、
インナーチャイルドの自分をいやしてあげる方法かもしれないから。



 = = = = = = = = = = = = = = = = = =



今日も読んでくださったあなた、いつも応援ありがとうございます!!




雷雨で、
今日の娘のサッカー試合は途中で中止になりました。

夕方早くお風呂に入って、
夜に、
観月ありさ主演の映画「ベイビーベイビーベイビー」を見に行くつもりです。







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